京都文化ベンチャーコンペティション2次審査

貴志カスケWrote

先日行われました京都文化ベンチャーコンペティション2次審査で京都彫刻家協会の企画書が通過しました。僕の下手なプレゼンテーションでしたがかろうじて最後の8社に生き残りました。次回3月20日には公開のプレゼンテーションが開催されます。それが最終審査です。
京都文化ベンチャーコンペティションに応募した「彫刻アウトリーチギャラリープロジェクト」は京都の野外やオフィスに彫刻を長期間レンタルしますという企画ですが、これは最初から採算無視の企画です。実のところこのことがお金になればいいのですが、日本の文化事情ではなかなかお金を出してくれる企業も少ないのではないかと思っています。
高瀬川彫刻展のように街中に多くの彫刻を設置することによって風景を一変させることは可能ですが、そのことでオムロンのイルミネーションのように多くの人を呼び寄せることが出来るかといえばそういうことは出来ません。多くの人ごみの中で彫刻を鑑賞しても意味が半減してしまうので、彫刻そのものが雑多な人ごみをきらってます。また彫刻を見てすぐ元気になるとか、機嫌が治ったとかそんなことはまれで彫刻の速攻効果は少ないとみていいでしょう。そういう意味で日本の企業が考える企業の採算ベースに乗らないと思うのも仕方ありません。
しかし、鑑賞者の心の奥に深く影響をあたえ、彫刻がある風景を毎日ながめることによって豊かな気分に慕っていくことを経験する人は多いと思います。この深くて静かで哲学的な空気を味わうのが文化の真髄といえます。
芸術というものは技術と哲学で構成されています。技術的なものは精巧な、きらびやかな、豪快な、視覚的に美しいものを形成しますが、哲学的なものは鈍くて深いいぶし銀の味わいを、時には技術を否定することもあり、人々を困惑の瞑想の世界に引きずり込むのです。この二つの要素が絡み合い、時には技術が前に出たり、時には哲学が技術を押しのけたりお互いの葛藤の中で芸術は成り立っているのです。これらの葛藤や闘争を味わうことが人々のこころを単に癒すだけでなく、奥深く広大な豊かさを人々の心に築くのです。それは、人間の心の空しさを埋めて生きます。
人間は衣食住が満たされていても心が空しくなることがたびたびあります。「ただ生きる」のではなくて「よく生きる」とは何か。その問いに答えてくれるのが芸術を含む文化です。考えること、感じること、創造することが生きていくことの原点であり、ただ利便性だけを与えられて、それにのっとって生きているのは文化的な生き方とはいえません。日本人は経済性、利便性を追い求めすぎています。その分、文化についてはなおざりなところがあり、そのとらまえ方は低次元です。
「彫刻アウトリーチギャラリープロジェクト」は日本の文化力アップのプロジェクトでもあります。

是非、皆さん応援してください。
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by artunion5436 | 2008-01-31 20:37 | カスケ通信  

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